近藤憲昭展1999 / Noriaki Kondoh Lithographic Works 1999

 

Noriaki Kondoh Lithographic Works 1999


20世紀も終わりにきて世界中が混沌としている。掴みようの無い何か不安な思いがクローズアップされている。「世紀末」を作ったのは人間だからだ。

幾何形態と有機形態との融合。拡散について。2次元と3次元のトリック、…錯視。をテーマにまたは方法論として模索してきた。その延長線上に「螺旋形態」との出会いがあった。これにはさまざまな「ことば」を持つもののように思えた。「渦巻き」は人間の歴史古くから特別な存在であるように、人間の思想、哲学、宗教的な意味でも歴史や宇宙の象徴としてたくさんの造形物が残されている。


不安な時代、人の意識が、科学至上主義の見直し、エコロジーが叫ばれる昨今。新しい始まりの前に、生命、宇宙、世界に至る連鎖を鳥撤するのはどうだろうか。


「曼荼羅」は世界(宇宙)を現す仏教の図像である。現代におけるメッセージとしての”mandara”を表現できたら…。と考えている。



螺旋と宇宙


連続性、無限、空間、時間等、螺旋は事象の象徴である。回転運動と線運動で作られる形。二種の螺旋があり、回転運動の定点が移動する螺旋、固定した螺旋。線はどちらの方向にも閉じることなく、そのベクトルは「無限」を暗示している。インダス、シュメール、インカ、…古代から神秘的な形態として、神の化身として示巳られ、装飾、建築に用いられてきた。古代日本でも、しめ縄の二重螺旋はある種の魔よけとして用いられてきた。


自然の中に生物のゲノムの二重螺旋、海流、空気の流れ(台風)銀河の形まで有機なる形態から無機的なものまで現実の中に見て取ることができる。古代人が形態の根源であると創造し、その中に神を見ても不思議ではない、心理的、精神的宇宙である。かつて「螺旋」には神が宿っていた。神秘の象徴としての形が在った。死生観として或いは天へ上る、神へ近づくための儀式の階段であった。古代の人々は本当に天へ昇って行けると信じていたに違いない。それほど意味ある美しい形態なのである。


近藤憲昭